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こんな話がある。

 投稿者:sin  投稿日:2006年12月 5日(火)08時21分48秒
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  知り合いが来て、自分の友達34歳からの話を私にした。その家族は親子3人。
その友達の子供が、夜部屋の中で霊を見ているという。その事でその人は心配している。
その子供は中学二年生で女の子。家の二階の部屋で寝ていると言う。
初めの間は小さな女の子が部屋にいるのが見えていた。そこまで聞いた時、sinは鳥肌が立った。
何故だか判らないが、体中の毛穴が引き締まり鳥肌が立った。それからまた話を続けた。
その中学の子が言いうには、前は子供が出てくるだけだったけど今は怖い顔をした女が出てくると言う。
怖くて二階では寝られないとその友達(母)に言っている。これは今も続いているみたい。

その人たちの家はK市のある町で、両方に家がありそれに挟まれた奥行きの狭い家だそうだ。
両方の家に遮られて日が当たらなく、朝日も夕日もさしこまない暗い家らしい。
以前にも住んでいた人がいたが引越しをし、その後にその家を買って住んでいると言う。
私の知り合いは、その友達の子供が可愛そうで心配になるし、どうして上げたらいい?との相談だった。

いつもは霊の話を聞いても、こんな鳥肌が立つ事ない。
以前から何回も複数の人から、霊の話は聞いているけど話だけで総毛立つ事はない。
だからその事をその人に言った。その人も今鳥肌立ったという。
私が鳥肌立つくらい、その女の強烈な意識が知り合いを通じて来ているのがわかる。
この中で小さな女の子の意識は何処にも見当たらない。女の怒りの意識が鳥肌を立たせているのも何となく判る。
この女の怒りの根源は何だろうか?と自分の意識で探る。自分が今感じているのは強烈な憎しみ。
何に対しての憎しみかは、自分の生い立ちとか生活に対しての不満以外に無い。
男女関係にも繋がる様に思える。全ての者に憎しみを持っている意識・・・
だったらその女の子は何者?多分、親子だと思う。女は女の子を虐待していたのかも・・・
と言って、その霊たちは今生きているのか死んでいるのかは判らない。
死んだ人の霊はそこまで強烈にアピールする事は無いと思うけど、これは私の体験からだけの事。
私のよく知っている知り合いは、20年前位に死んだ甥に体を傷つけられた事がある。
生霊なら攻撃的に成るのは、過去の体験で知っている。でも体に傷をつけない。
女の意識を感じたが、私はその意識に呑まれる事は無い。もう鳥肌は収まった。
では何故その中学生の所に出てくるのか?父親と母親は見たことが無いらしい。

暫くその家族の事を知り合いから聞いて、その意味が何となく判った。
多分自分の感じた事は当たっているだろう。そして知り合いに私は強く言った。
「その事を思う事によって、その女はあんたの所にも来る。だからその事を考えるのは止めなさい!」
知り合いはこの言葉に、恐怖で慄いていた。何故知り合いは恐怖に慄いたのだろう・・・

ここにヒントをいくつか上げてみる。

1 この中学生は頭がよいけど、どちらかと言えば問題児。
2 父が離婚暦有り、母は初婚で年の差10歳。
3 この家に引っ越すまで、母方の実家に暮らしていた。
4 母親は、どちらかと言えば気分屋で感情の起伏がある。
5 子供は学校で先生に反抗する為、親は数回呼ばれた事がある。
これだけのヒントで、何故知り合いの所に怖い顔の女の霊が来ると言えるのだろうか?

自分自身が直接感じた事は、その友達自身と波長が合った過去の霊。
人は波長の合った人と、友達になる。心地いいから・・・気が合うって言う事。
霊的に見ても、同類(同じ意識)なら寄り添う。友達は、自分自身がその霊を引き付けている事を知らない。
小さな女に子は、その中学生と波長が合うから見える。母と子の潜在意識の反映をして、霊が現れる。
本人達はまったく気がつかない。怒りの女はsinの知り合いにも通じる。
同じような意識の持ち主。だからその女の事を思うと自分自身が呼び込む。
だから、思う事も止めなさいといった。邪悪は邪悪を引きつける。
まるで磁石のNとSのように。そして、自分以外を非難する。自分が不幸だと、他人にわかる様に表現する。
その顔が怒りの顔として現れる。生きた人間は仮面をかぶっている。
その仮面を剥がした時に、本質が現れる。霊はその本質と同レベルの意識の者に繋がって行く。

霊を感じる人と感じない人の差は、何処にあるのだろう?
ある人の霊的感覚を聞いて、自分自身も納得できた言葉がある。
「人生の中で一番どん底に落ちて、本当の苦しみを体験した時、その中で物事の本質を見る目が開く。
その本質を見る目を霊感と言う。」魂のレベルで本当に、もがき苦しんだ末に第三の目が開く。
英語で「シックス・センス」とも言う。人間の中の五感を越えた第六の感覚の意味。
五感の中で感じる事に慣れて、それ以上の感覚を使う事が無い状態では中々その感覚は開かない。
誰でもがその感覚を開く要素があるけど、感情だけの苦しみでは到底開くものでない。
もがき苦しむと言う中で、自分の勝手な感情だけで苦しんでいてもそうは成れない。
根本的な愛の中での苦しみの中で、その感覚が開く可能性が一番大きい。
それも自分勝手な愛じゃなく、本質的で究極の愛の苦しみの中で第六感が開くと思う。
人間の本質は、愛の中にしかない。生き物全てがそうだと思う。
動物も、生まれた子供を命がけで守る。そして時期が着たら自立させる為に親から離す。
愛とは自分の大事な者を守り、その自立を願い自立できるように育てる。
愛とは願いであって、駆け引きじゃない。そして絶対依存でもない。
好きだという事を利用して、相手の心を蹂躙する事は決して愛じゃない。
これを駆け引きと言う。自分ができない事を相手にさせる事は決して愛と言う物じゃない。

本当の愛を知っている人は、常に内面は霊的であると思う。
人の本質を理解していて、自分自身も人としての自覚もあり、その中で第六感で全てをみる。
常に自分を客観的に見て、自分の言動を第六感で傍観している。
いま自分らしく考え行動しているか?これが霊感を持っている人の生き方だと思う。
そして霊を感じ、見る事の出来る人は二通りある。
本質を感じ取り本質で物事を判断する人と、今から本質を知る時期になって来たという人。
これはどちらの人も、本当の自分自身になる工程で必ず通る道。
これを超えられるかはその人の意識でしかない。決して人の力で成る事は出来ない。
本質を知る事がその人の生きる本当の意味だと気がついた時に、第六感は花開く。
中には、本質を知る事を否定する人もいる。その人達は見えるという事に怯える。
その先に進まないで、ずっと停滞して本質の意味を考えようともしない。
テレビとかの「ホラー番組」は典型的なこの形。霊を怖い物に描く事で恐怖をあおる。
でも霊は怖いものじゃない。自分達の本質だから。でないと霊能者が除霊を出来るはずがない。
決して霊は人間の心以上のものではない。特に生霊はワガママな子供の意識となんら変わる事は無い。
生きた人間でも霊でも、幸せを諭され理解したら誰でも笑顔になる。
私はそれが基本にしている。非難は幸せを作れない。諭し理解できるまで何回も本質を語る。

怒りの顔をした女を誰が諭すのだろう?その女は永遠に怒りの中で存在するだろう・・・
 
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